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自由は土佐の加茂より


昭和30(1955)年の合併で消えた加茂村より雑感発信
by bx_16v
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経緯すべてを書くべき

東洋町の高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地調査を巡った町長選挙が決定となった。
頃合い良しと判断したのだろう、高知新聞で「夢の轍~岐路に立つ東洋町」という特集が始まった。
第一回目は「まぜの里」というリゾート計画から今回の立候補地に触れている。
今回の騒ぎの根底を可能な限り遡るのか、それともこのバブル期からの時系列で始まるのか。
後者であれば非常に残念だと思うほかないのであるが。

前者ならば今回の騒ぎの要因にある東洋町内の対立の歴史に触れずにはいられないだろう。
既に半世紀近く前の話である故に多くの県民も知らないだろう。
もちろん自分とて全てを知っているわけではないのであるが。
東洋町は1959(昭和34)年に甲浦町と野根町が合併して誕生している。
庁舎位置は最後まで決まらず、と言って合併は既定事実としていたらしい。
苦肉の策として「庁舎の位置は2年交代として、4年後に決定する」として発足した。
このため2年ごとに野根と甲浦を引っ越しするという効率化とは無縁の行事が続いた。
到底4年では解決するはずもなく10年を迎えた1969(昭和44)年、騒動が勃発する。
町議選で条例改正に必要な3分の2の議員定数を確保した野根側が強引に行動する。
初議会で「昭和45年野根への庁舎設置」を強行議決、甲浦はこれに猛反発する。
そしてこの議決を巡って町は2分する騒ぎになる。
当時を知る人に聞いてみたのだが野根側の議員増になったのがすべての原因だったらしい。
これについては長年の深慮遠謀の結果という事は全くなく、たまたまだったというのが笑える。
それでも即座に行動するあたりが根の深さを物語っているように思える。
閑話休題、この議決は今回以上の大騒ぎとなり行政機能は完全にマヒする。
町議全員のリコール、分町運動となって火を噴き、事態は町内での収拾が困難になる。
高知県が仲介に入って説得し、ようやく撤回、議会が自主解散した。
このあたりの構図は今回とまったく同じである。
即ち賛成派=田島前町長=野根vs反対派=甲浦である。
田島前町長の住所が甲浦、反対派沢山候補が野根になっているので誤解し易い。
ちなみに庁舎問題はその後も延々と引っ越しを続けていたが両庁舎とも老朽化。
1985(昭和60) 年、合併26 年目にしてようやく中間地点の生見に完成している。

なお高知県内で戦後市町村史の発行されていない自治体は2つある。
東洋町はその1つで関係者に聞いてみると「とてもまとまらん」そうである。
by bx_16v | 2007-04-12 23:21 | 学校/地域
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