自由は土佐の加茂より


昭和30(1955)年の合併で消えた加茂村より雑感発信
by bx_16v
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限界集落の秋

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旧池川町(現仁淀川町)に岩柄という集落がある。
大野晃現長野大教授が高知大時代に限界集落という言葉を考えたのはここ岩柄である。
旧役場のあった土居からは車で15分ほど、標高500m前後に人家が点在する。
1955(S30)年に55世帯247人いた集落は2005(H17)年には10世帯17人となった。
昨年1人は鬼籍に入り、連れ合いの方は山を下りたので10人を割る日も近い。
縁あってこの岩柄で土地を借り果樹栽培をしている。
だいたい週に一回訪れて丸一日世話をするようになって今年で6年目。
住民で一番若い人は56歳、その次は一気に20歳近く飛ぶ。
車を持たない一人暮らしは週に一度訪れる民間移動スーパーが生命線である。
一昨年には台風で送電線が切れ復旧には3日かかった。
冬場の除雪も後回しになることが多く、町議選以外は選挙カーも上がってこない。
ここに定期的に出入りするのは43歳の自分が一番若い。
もしかしたらこの集落の終焉を見守る事になるのだろう。
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by bx_16v | 2007-11-28 20:37 | 学校/地域

山一証券廃業から10年

まだ加茂に引っ越す前は高知市内で狭いアパートにいた。
珍しく休日のお昼前の民放ニュースを(普段まずテレビは見ない)見ていた。
「山一証券廃業」というトップニュースが流れている、これはまさに想定外。
少しして携帯電話が鳴り出す、上司からこれは予測の範囲内。
当時の勤務先で自分はまさに山一証券高知支社の営業担当者だった。
わずか1週間前に160万円の機器を納入していた。
もっとも実際にはメーカーの指示で動くだけで自分から何かを売り込むことは絶対にない。
山一証券に限らず大手の会社は本社で決済をしてあとは地元任せのケースは多い。
メーカーの支社等直接の窓口があればいいがない場合は地元の代理店が担当になる。
この場合地元の総代理店だった関係上、たまたま高知市内の担当だった自分に巡ってきただけ。
見積価格も機器構成もすべてメーカーの指示通り行っただけである。
しかし携帯電話からは上司の「山一の件知っているか、代金どう回収するつもり?」という怒鳴り声。
上司「回収できなかったら給料で弁済せえよ、とにかくすぐ会社に来い」
自分「あほか、そもそもこうやれと指示したのは上司のあんただろが」
上司「最終的には営業の責任だ、会社が何もかも面倒見るか」
自分「まずメーカーに文句言わんかい、順序が違うだろが」
上司「今日は祝日で休み、連絡つくわけない」
自分「非常事態に連絡ぐらいつけろ、俺も休みじゃろうが」、だいたいこんな会話だった。
ここでこの筋のない会話に立腹し携帯の電源を切り自宅の電話もケーブルを外した。
ついでにそのままハイキングに出かけすべてを忘れた。
翌日は修羅場、メーカーも青天の霹靂なのでどうにもこうにもならない。
上司「とにかく山一証券の支社にいって担当者と話してこい」
自分「・・・(テレビ見ろ、顧客押しかけて大騒ぎだろ、話なんぞできるか)」
上司「だいたいお前はこういう事態になっても一言も謝らんとはどういうこと」
自分「俺一人の責任かよ(もはや会話成り立たないわ、こりゃ)」
結局こういう場合に会社が社員を守る姿勢を見せないと社員が不信感抱くんですがね。
この件をきっかけに上司とはほとんど口をきかなくなった。
まあ、他にもいろいろあってこの4ヶ月後には退社。
上司から「辞めろ」と言われたのに自己都合退社にするなど最低の会社だった。
(最終的に辞表出していないんだよなあ)
ちなみにこっちもその時点ではもう一切信用していなかったのですべての会話は録音していた。
おかげで職安では解雇にしてもらえた。
でもこういう会社が今でも職安や労働基準局と取引しているというのはなんだかね。
今日でちょうど10年目になる山一証券の思い出。

PS:160万円は当初の請求通りの支払期日より少し遅れて入金がありました。
   こういった事情があって今でも山一証券にはある意味での思い入れがあります。
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by bx_16v | 2007-11-23 23:21 | パソコン

もう一つの加茂村

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昭和の大合併で消えたのは高知県高岡郡加茂村だけではない。
四国山地の向こう側愛媛県にも加茂村があった。
こちらは1956(昭和31)年に西条市に編入されその歴史を閉じている。
合併当時の2,489人は2005(平成17)年にはわずか191人となっている。
合併当時8校(分校含む)あった小中学校はすべて廃校という惨状である。
国道194号線沿いにも廃屋が目立つが一歩脇道に入ると廃屋だらけになる。
いくつもの集落がうち捨てられ朽ち果てて行くのみ。
写真は旧加茂小学校のあたり、旧加茂村役場もあった中心地。
西条市中心部からわずか10分ほどである。
(もっとも10分で行けるようになったのは国道の改良が進んでから)
ちなみに西条市は2004(平成16)年11月に東予市、丹原町、小松町と合併している。
あくまで対等合併なので一応新西条市ということになっている。
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by bx_16v | 2007-11-21 21:54 | 学校/地域

収穫終了

今年の甘栗の収穫が終了した。
本格的な収穫となって2年目だが予想外のことも。
昨年度とのデータ比較をしてみると
標高180m地点で1本あたり1.2kg(2006)→3.5kg(2007)。
標高600m地点で1本あたり0.12kg(2006)→0.19kg(2007)。
標高の高い栽培地では収穫量が伸びていないのである。
どちらも20本以上あるので平均データを採るのには問題がないだろう。
肥料もきっちり計った上で同じ回数で行っている。
剪定も自分で全部行っているので個別の大きなミスは考えにくい。
標高600m地点でも他の品種(銀寄・筑波)は通常通り収穫できていることから
どうやらこの甘栗は温暖地でないと栽培が難しいのではないだろうか。
原産地は大方町の海岸部、その後改良した際もずっと中村市の平野部で栽培されている。
いずれにしろ自分の栽培主力地点は標高600m地点なのでこれは誤算だったな。
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by bx_16v | 2007-11-12 19:06 | 食べ物/農業

マニフェスト

昨日(11/4)高知女子大学にてある団体主催の県知事選討論会が開かれた。
立候補予定者4名が一堂に会しての公開討論会である。
実際には質問内容が細かく多すぎてまるで討論にはなっていなかった。
各候補1分の制限時間で答えろというのは無理できわめて抽象的な答えしかできない。
ヒットアンドアウェイで一方的にCMに逃げられる「朝まで生テレビ!」を連想する。
各候補の得意分野はそれぞれあろうがそれすら伺えなかった。
印象に残っているのは候補者の発言よりも発言時間を制限する鐘の音だった。
かなり違和感が残った討論会であったけれどもこの討論会の趣旨を読むと
「研究会が作ったマニフェストを県民と各候補に伝えることを主な目的とする」とあった。
つまり主催者団体の作ったマニフェストを宣伝すると書いてある(と私は判断する)。
おいおい、だったら討論会なんて宣伝するなよ、そう思ったのは私だけか?
この中身のない討論会を何とか記事にした高知新聞記者には心底同情する。

ちなみに数少ない時間の中で無理矢理追求すると2人の発言がネタになるか。
1:未だに建設業ありきのA候補
2:国とのパイプを強調するB候補
特に国が地方を金で隷属化させている時代に未だ国との橋渡しを口にするB候補。
本人は国に意見を通すと言うがその先はかつての上司では?。
自分がいればお金が下りると公言するのは官僚出身の某国会議員と一緒。
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by bx_16v | 2007-11-05 19:33 | 学校/地域

椎茸

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昨年春に菌打ちした椎茸が今週初めから本格的に収穫できだした。
椎茸は初めてだったので人に聞きながらだったが何とか収穫にこぎつけた。
もっか我が家の食卓は椎茸尽くしである。
晩酌の肴も炙った椎茸をポン酢で、七輪で炙ると味わいが全然違う。
モロヘイヤは先週で終了、茄子はもう少し持ちそう。
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by bx_16v | 2007-11-01 22:26 | 食べ物/農業


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