自由は土佐の加茂より


昭和30(1955)年の合併で消えた加茂村より雑感発信
by bx_16v
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大漁

急遽午後の仕事がキャンセルになり天気もいいのでアメゴ釣りへ。
前から目をつけていた旧仁淀村奥の支流へ出向く。
14時過ぎから入渓したもののまったくアタリはないまま。
ところが16時ごろに行き当たった淵とその上のゴルジュで面白いように釣れ始めた。
餌は最初ミミズだったが途中からなくなってしまい手持ちのイクラに切り替えてみた。
おそらく先日の雨で流されたのが固まっていたのだろう、それでも釣れる。
14cm以下は「大きくなってまた会おうね」と念じてリリースした。
19時前までに15cm~23cm合計32匹、釣り堀状態であった。
塩焼きとご飯に放り込んでアメゴ飯、それでも半分以上余る。
まあたまにはこういう事もよかろうと、近所知人にもお裾分け。
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自然の恵みに感謝、ごっつあんでした。
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by bx_16v | 2007-06-26 21:43 | 食べ物/農業

豊作祈願partII

しかしその後中国産栗の輸入増加で価格は下落の一途を辿る。
価格下落による生産意欲の低下と過疎化による生産性低下が絡み合って池川から栗は消えた。
良心市で細々と売るぐらいで後は親戚知人に配る程度。

数年前から佐川町の有志でこの甘栗を積極的に仁淀川流域に植えていた。
偶然当時の池川町長から「この甘栗を導入したい」という申し出があった。
ちょうど自分が池川町に甘栗を植えた直後である。
再び栗の町とするべく現在池川町内に栽培農家がいくつか復活している。
いよいよ今年あたりから本格的な収穫が予想される。
一番の大敵である台風の来襲もなく豊作となることを願わずにはいられない。

この甘栗はかつて高知県の中山間地域の特産品となるべく期待を浴びていた。
橋本知事も「「本格的に調査と研究に取り組み、栽培上の特性とその有利性を確認し、
中山間地域での産地化につなげていきたい」と県議会で正式答弁を行っている。
ところが品種保護という名目で一個人の利益にしかならぬ愚行が行われその期待は霧散した。
一例としてこの甘栗の名称すら無断で使うことができないのである。
そしてさらなる愚行は重ねられこの男によって今は県外にも生産用として持ち出されている。
それもよりによって現在日本最大の生産地となっている茨城県へである。
この甘栗の誕生から現在の状態、そして間違いなくおこる未来の崩壊。
研究者は高知県のためを思って作った新品種であったのは間違いない。
それを農業をした事のない素人が能書きと権利だけを主張して潰した事実。
汗を流しもしない人間が机上の論理だけで私腹を肥やすとはもってのほかである。
私はこの情けない現実をすべての経緯とともに書き記す、後世に伝えるべく。
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by bx_16v | 2007-06-18 22:23 | 食べ物/農業

豊作祈願partI

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今年も池川町に植えた甘栗(2ヶ所で約100本)の花が咲き出した。
標高600mと180mではやはり生育状況がかなり違う。
収量も倍近く違う(当然暖かい180m地点が多い)が、糖度は寒い600m地点が有利だ。
害虫も600m地点では少なく、今のところ両地点とも無農薬で何とかなっている。
今年は試験植樹から5年目、本格的な植樹から4年目となりいっそうの収穫が望まれる。
現在のところ花の数も多く、大きな台風は遠慮願いたいものだ。

かつて池川町は栗を主幹作目として奨励し町内いたるところに栗を植えた。
楮三椏・林業の主産業崩壊の兆しを見せていた1950年代後半からである。
主に筑波や銀寄などを植えたらしく、私の祖父もこの頃に植えているようだ。
今の180m地点がそれに該当し、甘栗を植える際には古木を全部切り倒した。
既に病気で療養中だった祖父は池川を離れており、荒れ放題になっていた。
5年前に94歳で亡くなった祖父と最後に会ったのはこの栗の植え替えについての話だった。

当時池川町は農業構造改善事業で集荷施設・選果機・低温貯蔵庫などを導入している。
ピーク時の1972(昭和47)年には栽培面積190ha/生産高228tとなっている。
しかし農作業の労働力の主翼を担う青壮年層の流出などで管理が難しくなった。
結果的に管理不十分なまま樹勢が衰え、害虫被害が増大する事になる。
栗の天敵クリタマバチとその後続いた台風による木食虫倒木がそれである。
それでも私の高校生時代にはそれなりにいい価格で出荷できていた。
当時高知市に住んでいたが同級生を誘ってアルバイトして出荷したのを憶えている。
日曜日早朝に国鉄の鉄路とバスを乗り継いで行って10時頃から夕方まで作業。
農協の出荷場に持ち込みお金を貰って再びバスと鉄路で帰る。
交通費を差し引いても高校生のバイトとしていい金額になっていた。
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by bx_16v | 2007-06-14 20:30 | 食べ物/農業

今シーズン初の沢

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このところシカの生息調査で土日も忙しく久しぶりに休み、今シーズン初の沢登り。
旧仁淀村へ向かい、2万5千分の1地形図を見て林道から適当な沢へ。
水温はまだ低いが日差しが強いので特に問題はなく9時過ぎに遡行開始。
いくつか小さな渕やトロを楽しみながらへつったり泳いだり。
1時間ほど遡行した地点で突如10mほどの滝が出現。
あるんだよな、地図に出ていない滝がまだまだ。
とりあえず下段のスラブはクリア、その先をどうするか。
ハーケンを打って5mのシュリングを使えば何とかなりそうだった。
ザイル代わりの細引き40mは持っているが片付けが面倒なのであまり出したくない。
よくよく見ると右から斜めに上がって水流の裏をくぐってトラバース、左の草付を登れそう。
これだとフリーで行けるし、落ちても下は釜になっているのでたいしたことはあるまい。
下から見えなかったが草付のさらに左はチムニー上になっており簡単だった。
滝から上はやや貧相になりやがて左から作業道らしき踏み跡が現れた。
この先遡行する価値はなさそうだったのでここで打ち切って作業道を下山。
車には12時半前に帰り着き、昼食をとって帰宅の途についた。
短い沢だったがそれなりに楽しめた、やはりこれからの季節は山より沢だな。
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by bx_16v | 2007-06-05 22:49 | スポーツ


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