自由は土佐の加茂より


昭和30(1955)年の合併で消えた加茂村より雑感発信
by bx_16v
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若山集落跡へ

仕事で本川村(現いの町)寺川へ出向いたのでそのまま伊留谷林道へ。
大森ダム湖を越えて弘沢林道に入り槙峠で池川町(現仁淀川町)となり少し下って若山林道へ。
若山林道終点にはかつて若山という集落があったが既に消滅している。
集落といっても4~5軒の人家が山中にあったのみである。
若山林道が完成したのは平成の初めで集落消滅の後ではなかったかと思う。
それまでは若山橋から徒歩3時間ほどの手段しかなかった。
もっとも殿御舎に営林署事業所があって集落があった時代には山越えで1時間半ほどだったそうだ。
(後述する最後の住民から直接聞いた)
若山橋に下ったところで何もなく安居宮の平まで出ないと商店も郵便局も当時はなかった。
それよりも殿御舎に行く方が近く一通りの用事は事足りていたそうであるが
殿御舎も営林署事業所閉鎖で1973(S48)年に住民皆無となった。
若山集落の消滅は旧池川町役場や地元の知人に聞いてみたがはっきりとした時期はわからなかった。
c0109133_2024693.jpg

↑ 手前から見た若山集落跡 
  写真中央下を占める伐採地の右端やや上にちょっとした空き地と竹藪、ここに2軒ほど
  空き地の左の人工林の中に2軒ばかり
c0109133_20274141.jpg

林道終点の少し手前から踏み跡を辿ると人工林の中に廃屋が見えてくる。
c0109133_20275028.jpg

30年ほど前に安居渓谷から松茸を採りに入り山中を這い上がって偶然若山に出た事がある。
その時点でお婆さん一人が残るのみで上記写真の廃屋がその家だったように憶えている。
殿御舎への山越えの話や安居銅山の話を聞かせてもらったうえに山菜のお土産までいただいた。
今年になって葛浦・栗見・若山と池川の廃集落を訪れてみた。
他にも雑誌山・川舟・蕎麦尻(厳密に言うとここはかつろう谷遡行の際に通っている)など。
これからこういう景色はいくらでも増えていくのだろう。
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by bx_16v | 2009-12-07 21:25 | 学校/地域
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